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社長の田中です

創業61年、香川でずっと、これからも
強くて倒れない「がいな家」を、快適健康に造る
それが、私の使命であり生きがいです

オヤジの背中の影響力

真面目な父でした

でっかい体でした。大きなおなかでした。ごつごつした大きな手でした。
大工の棟梁をしていた私の父の思い出です。

家の近くにある作業場が父の仕事場でした。無口な人で、人付き合いは不器用だったようですが、職人さんの話を、ニコニコして聞いていました。父には、真面目にコツコツやることの大切さを学びました。

私は、そんな大工棟梁の長男として生まれました。

鮮明に覚えている少年時代の想い出は、父が海水浴に連れて行ってくれた時のものです。

仕事用の軽トラックの荷台に幌を掛け、海に連れて行ってくれたのです。
平泳ぎで、いつまでも泳げる父の背中に乗って、弟と一緒に泳ぎました。

母も、父の仕事を手伝っていて、棟上げなどの時には、柱に巻きつける紙を貼るため沢山の「糊」を大きな釜で炊いていました。そんな時は、夕食の支度が遅くなって、お腹はグウグウ鳴りっぱなしでした。

父は、無理に自分の仕事を継がせようとはしませんでした。また、母からも、「不安定な自営業ではなく、公務員か安定した企業に就職しなさい」と、常日頃から言われていました。

それもあってのことだと思いますが、
中学を卒業する際、高校は、「普通科」を選びました

建築学科に進学

しかし、高校を卒業する際、就職か進学かを迷い、どういう訳か、建築を学ぶため大学の建築学科に進みました。おそらく、大工棟梁だった父の背中を見て育ったことが大きく影響しているように感じます。

父の口からは、「帰ってきて、仕事を継げ」ということは、一度も言われたことがありませんが、「いつかやってやる」と勝手に誓っていました。

大学を卒業してからは、地元のゼネコンに就職し、現場監督として、15年間勤務させて頂きました。家作りを生涯の仕事にしようと決意していましたので、一級建築士の資格も取りました。

そして、1995年1月、阪神淡路大震災を経験したのです。

私は、激しい衝撃を受けました。6,434名の尊い命が失われ、そのほとんどが「家の倒壊」による圧死でした。「強い家を建てる」ことだけに取り組もう。家づくりに係わる人間として、強く決意しました。

そして、2年後、38才になった私は、実家に戻り、
父の仕事を継がせて頂くことにしました

38才で家業を継承

66才になっていた父は、すでに引退を決意していました。そして、ほそぼそとした仕事を手掛ける程度の状態でした。

実家に戻って、工務店を継ぐのはいい。しかし、自分で仕事を取らないと、自分の給料も出ないし、家族も養えない状態でした。

そこで、それまで勤めていたゼネコンから仕事を頂いたり、父のお客様から、建替えの仕事を頂いて、徐々になんとか経営が成り立つようになっていきました。

しかし、そんな時です。予算が厳しい下請工事の新築現場で、施工ミスにより大きな赤字を出してしまいました。

このままでは、会社が無くなってしまう。
そんな危機的状況になりました。

もともと私は、営業経験はありません。建築一筋に取り組んできましたが、ずっと現場監督でしたから、いい家を造る自信はあっても、どうやって仕事を頂いていいのか分かりませんでした。

仕事を頂くために、何をしたらいいのか分からず、あせるばかりでした。まさに、日々、恐怖でした。

これまでかっ、と思った時に、義理の兄が「家を建てるので、俺の家の見積もりしてみるか?」と、声を掛けてくれ、家を建てさせてくれたのです。

それで一息つきました
そして、考えました

初めての現場見学会

営業をやったことがないから、どうやって、お客様に自分の家づくりを伝えたらいいかも知りませんでした。そこで、見よう見真似で、「現場見学会」を企画し、新聞に折り込み広告を入れ、お客様に集まって頂く努力をしました。

友人、知人も、お誘いしました。

そして、当日は、慣れないスーツ姿になって、お客様をお待ちしました。
結果は、週末2日間で、13組の方にご来場頂けました。

そして、その中から1軒新築の契約を頂けることになったのです。また、次の見学会では、当時、モデルハウスとして建築させて頂いた地主さんとの大きな出会いがありました。

地域密着の小さな工務店がモデルハウスを持つなんて、夢のまた夢です。しかし、その夢が突然叶うことになったのです。

お蔭で、少しづつ契約も増えて行き、社員も雇えるようになって行きました。ただ、安定した時期も、それほど長くは続きませんでした。

5年ほど経ったとき、強い営業を仕掛けてくる
ライバル工務店が現れ、徐々に私の会社は
「古臭い工務店」になっていました

苦労の連続でした

私は、阪神淡路大震災の衝撃から、「強い家」「倒れない家」を造ろうと考えて、父の跡を継いで工務店を経営しました。

お客様の夢を叶えるドリームメーカーとして誇りを持っています。社員を含め、自分たちに何が出来るか、自問自答しました。

「俺たちは、本物の木の家を造ることができる」
「俺たちは、本物の自然素材の家を造ることができる」
「俺たちは、お客様の想いを聞いて、一緒に苦労することができる」
「俺たちは、ずっとずっと末永く一緒に問題解決していく覚悟がある」

そんな考えが浮かびました。

そして、本当にやりたいこと、やれることに集中しよう、営業テクニックや、強い営業攻勢で、契約を頂くというのを止めようと決意したのです。

私は、父の跡を継いでから「強い家を造る」ことだけに取り組んできました。そして、エネルギーをあまり使わなくて快適に過ごせる家がいいと思っています。

香川県は、夏暑いので、「夏をもって旨とすべし」
という家づくりをしてきました

強い家を建てています

しかし、ヒートショックでお年寄りが亡くなる件数も、全国的に、かなり悪いことに気がついたので、「冬あったかい家、しかも燃料をあまり使わなくてもいい家」を作りたいと考えるようになりました。

とにかく「強い家」「倒れない家」を造りたいという思いから、「がいな家」という商品を開発しましたが、その「がいな家」に快適さをプラスしたのです。

今では、毎年沢山の「棟上げ」をさせて頂いています。
1つ1つ思い出深いものですが、その中でも、特に忘れられないお客様がいます。

もう10年にもなります

お客様の笑顔が財産

その方は、毎年点検にお伺いさせて頂くと、いつも優しい笑顔でお迎えくださり、お子さん達の成長の様子を少し聞かせてくださいます。大学の教授をされているご主人は、私と同い年。奥様は、耳鼻科の先生です。

「とにかく木を使いたい」

リビングの床は杉板、廊下は堅い桜、寝室は桐。色んな木を取り寄せて、沢山打合せをしました。引渡し前に、柿渋を買ってきて、全身防護服を着て、一緒に床や梁、柱に柿渋を塗りました。なんか、戦友みたいな気がするお客様です。

小学生だったお子さん達は都会に出て行きました。

お子さん達は、言うそうです。「お母さん、学校の寮より絶対うちの家がいい」「桐の床の寝室が気持ちいい」「散らかっているけど、柿渋のリビングがいい」と。

きっと、お子さん達も、いずれ「木の家」を建てると思うと、点検の帰り道、車の運転席で、私は笑顔になれるのです。

こんな瞬間です
家づくりをしていて良かったなぁ~と思うのです

私には、会社を引き継ぐ子供がいません。娘がいますが、建築とは全く別な仕事についていますし、当面、私の会社を引き継いでくれる予定はありません。

それに、私も引き継がせるつもりはありません。

会社は、自分のものだというよりも、「田中工務店には、果たすべき役割」があって、それを実現するために、存続させるべきだと思っているのです。

まだまだ私も、現役バリバリで仕事をしています。

しかし、田中工務店の次の後継者は、決定しています。
血縁関係は全くありません。

工業高校の建築科を卒業し、新卒で田中工務店に就職してくれ、10年真面目に勤務してくれている結城研太という若者です。

まだまだ足りない点もありますから、少しづつ訓練しています。そして、しっかりと一緒に仕事をしていきながら、田中工務店が「何をすべき」なのかをしっかりと継承していきたいと思っています。

田中工務店が選ばれている理由は、妥当な金額、仕様、デザインもあると思っていますが、一番の理由は「ひと」だと思っています。

これからも、お客様に支持され、お役立ちできるよう、社長含め全員で取り組んで行きたいと思います。

がいな家を孫子の代まで
株式会社 田中工務店
代表取締役 田中 浩一

お問い合わせは、こちら!

追 伸

1995年1月阪神淡路大震災の衝撃から、「強い家」「倒れない家」を建てたいと模索し、「がいな家」を建ててきました。「がいな」とは、讃岐弁で、「強い」という意味です。「がいな家」とは、ずばり「強い家」のことです。

全ての家で、耐震等級3という大地震が来ても壊れない品質でご提案しています。

また、無垢の木にこだわり、構造材も無垢、仕上げ材も無垢の床にこだわっています。温熱性能は、省エネルギー等級4以上を基本とし、ゼロエネ住宅の提案も出来るようになりました。

人に優しく快適で、地球環境にも負荷をかけない家を建てているのです。

資料をご請求ください

我々田中工務店は、自然素材を使った、気持ちのいい家をご提供したいと考えています。
しかし、営業は苦手ですし、しつこい営業はしたくないと考えています。
資料をご請求頂いても、電話をしたり、しつこく訪問したりということも一切しておりません。

実際には、少人数でやっていますので、そんなこと出来ないというのも事実です。
我々田中工務店の家づくりに興味を持って頂ける方は、
無料で差し上げられる資料をご用意していますので、気軽にご請求ください。

資料をご請求頂いても、しつこい営業はしませんので、ご安心ください。